F35のような現行の第5世代の上、第6世代戦闘機の研究実験機「心神」公開のニュースに「平成の零戦」とあった。確かに零戦は登場した当時「名機」であっただろう。用兵側の要件に応えるべくグラム単位の重量管理で軽量化を目指した結果、脆弱な防弾、低い急降下限界速度などの弱点をもってしまった。戦時は技術革新が平時の何倍もの速度で進むにもかかわらず後継機の開発が進まず、約5年にわたって運用され次々に登場する敵の新型機に全く歯が立たなくなった。悪く言えば繊細な零戦を芸術品に例えることもあるが、兵器に芸術は必要ないのである。現代の日本車は零戦にみられる「日本的」なモノ作りの代表格だと思う。車いじりが好きなのでオイル交換や簡単な整備は自分でする。そんな時に思うのは限られた車体で最大の客室容積を取る為、エンジンルームはそれこそ隙間なくエンジンとその補機が詰め込まれている。ちょっとした隙間にも手が入らない、届かない、レンチなどの工具を回すスペースがない。結果周辺の補機を外さなければならない。要するに整備性が犠牲になっているのである。また、軽量化の為に部品、部材が軽薄短小になり力の入れ具合を間違うとすぐに壊れる。自家用車は兵器ではないのでこれで良いのだろうが「心神」のニュース記事を読むと軽量化、高い運動性、数々の先端技術をつぎ込んでいる様子。先の大戦は質を数で圧倒する米軍に負けた。「心神」が零戦の設計思想を継承していなければ良いがな・・・と思うのである。http://nyota.co/musee-senaka/